「りかさん」(梨木香歩)①

人形の宿しているものは

「りかさん」(梨木香歩)新潮文庫

リカちゃん人形が欲しかった
ようこのもとに届けられたのは、
黒髪の市松人形「りかさん」。
しかし、「りかさん」を
部屋に飾って目覚めた朝、
ようこの悲しい気持ちは
全て吹き飛んでいた。
そして一週間後、
「りかさん」は話し始める…。

十数年前、
子どもたちに紹介する本を探して、
書店で手当たり次第に
文庫本を物色していた頃、
出会った一冊です。
当時、読んで驚きました。
カバーの著者紹介を読み、
児童文学専門の作家という
先入観を持っていたからです。
児童文学なんてとんでもない。
確かに中学生くらいから
楽しんで読める作品なのですが、
そこに綴られている深奥の部分は、
大人でさえも
読解が難しいのではないかと
思ったからです。
以来、梨木香歩の文学世界に
はまってしまいました。

物語には、市松人形以外にも
数多くの人形が登場します。
加茂人形、這子(ほうこ)、紙雛、
汐汲人形、ビスクドール、…。
おそらくは著者が綿密に取材し、
研究したのでしょう。
そうした人形たちの擁している問題を、
ようこと人形のりかさんが、
時にはおばあちゃんの助けを借りて、
絡まった糸を丁寧に
解きほぐすかのように
解決していくのです。

ようこの家の雛人形たちが
落ち着かなかったのは、
ようこの父が実家から男雛を
無断で持ってきたときに
冠を忘れてきたからなのでした。
でも、そこには
ようこの父母の結婚とおばあちゃんとの
複雑な関係が背景にあったのです。
男雛に冠をつけると、
男雛は威厳を取り戻すとともに、
雛全体に落ち着きが
見られるようになりました。
人形の背負っている問題は、
取りも直さず
人間が抱えている問題でもあるのです。

後半部は
もっと重い物語が用意されています。
汐汲人形の台座の下に隠されていた
黒焦げになった
ママードール「アビゲイル」。
そこには日米戦争、
そしてそこで犠牲になった
人形と少女の悲しい歴史が
刻み込まれていたのです。

人形の物語を綴りながらも、
著者は魂の世界と向き合い、
そこに幾世代か繋がっている
人と家族の歴史、
さらには民族の歴史さえも
織り込んでいるのです。

そうです。
本作品は人形の物語ではなく、
心の物語なのです。
人形の宿しているものは、
その持ち主の人間が残した心、
そしてともに過ごした時間の
降り積もりなのでしょう。
現代人が忘れかけている心の世界を、
美しい日本語で
丹念に織り上げた本作品を、
中学校2年生に薦めたいと思います。

(2020.1.11)

Hiro1960さんによる写真ACからの写真

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